定期的に妄想するけど一人で海の見える温泉宿に2-3泊してのんび~~~~り過ごしたいよ!!!
絵描いたり海で泳いだり散歩したり寝たり
全部自分の好きな時に好きに動けるってのをしたい。
本音1週間くらいそんな環境で暮らしたい。
体が自由に動く内にあれこれやりたいなーと思う一方で消化することが目的になってしまうのはいただけないから難しい。
絵を描いてても展示会行っても、消化だけして満足してないか?みたいな焦りが出てしまう時があって。
感想とかそういう文章や記録をすることで「消化や消費じゃなくて心に残るナニカをしてるんだ」と思おうとしてるとこが無いか?と自問自答する時があります。
20代の時はこういうの全く無かった感覚だなぁ…常に感動の中心に触れていたように思います。
よく同じ年ぐらいの人が「経験による予測を無意識にするせいで昔より純粋に感動するということが減った」と言ってるのを見かけるけど、わかるなぁ…
作品に触れて、なんだか世界が輝いて見えだすとか突然沼にハマることが全く無くなるわけではないんですが、頻度がガクっと減ったことにある日気付くんですよね。
で、「これが…年か…」となる。
新しい世界を知ることや幸せや感動への感度が落ちたのかも…と不安になるのですが、
先にも言った通り「全く無くなるわけではない」。
感動できる機会を増やそう!と躍起になるよりかはその時その時の、貴重になった感動の機会を十分に味わいたいなーと思ってます。
(感度の尺度は変わっても、「新たな感動」という刺激に対する欲求間隔はそんなに変わらないから戸惑うってのもありそう)
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